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新潟家庭裁判所高田支部 昭和43年(家)2251号 審判 1969年5月12日

申立人 沢本晃(仮名)

被相続人 沢本ヨネ(仮名)

主文

被相続人亡沢本ヨネの相続財産である高田市○○町○丁目字○○△△番地一二二、三二m2についてこれを申立人に分与する。

理由

一、申立人は主文同旨の審判を求め、その申立の要旨は「申立人と被相続人との間には次のような特別の縁故関係がある、(一)申立人と被相続人とは五親等の血族関係に当る、(二)申立人の前戸主(祖父)沢本好三は、被相続人が出生した当時から被相続人とその母沢本トミ(のちに坂田五一と結婚し坂田姓となる)を引取り扶養養育していたのであるが、これを分家させるため、高田市○○町○丁目字○○○△△番宅地一二二、三一m2(以下本件宅地という)を買与え、明治二八年六月一日前記坂田トミ名義に所有権移転登記手続を了した、その後右トミは明治三四年五月一一日被相続人を伴つて坂田五一と婚姻したが、日ならずして同人と事実上の離婚し、再び被相続人母子は前記好三に引取られ扶養を受けていたところ前記トミは明治四一年三月九日好三方において死亡した、(三)ところが被相続人はその頃好三方から家出し行方不明となつたが、昭和二年一月五日旅先の福井市で死亡した、そこで好三はその遺骨を引取り、これを懇ろに弔らい、好三方の墓に納骨し、爾来、好三及び同人死亡後は申立人が戸主として、申立人方の先祖として被相続人母子の法要を営み続けて来た、(四)また被相続人が家出した後は好三及び申立人において自己のものと同様本件土地を支配管理し、地租税等の諸税を納付し申立人が昭和二五年九月三日長野県へ転居した後も叔母崎山ハツに依頼して引続きこれを管理し納税管理人として同人をつうじ固定資産税等を納付して今日に至つている、ところで被相続人は本件土地をその母坂田トミの死亡により相続し所有者となつたが、被相続人には相続人がいないので申立人は被相続人の特別縁故者として本件土地の分与を求めるため本件申立に及んだ」というのである。

二、当庁昭和四二年(家)第一、四八四号相続財産管理人選任申立事件および同昭和四三年(家)第一五一号相続人捜索の公告申出事件の各記録ならびに、本籍新潟県中頸城郡○○町第○○番戸、戸主、沢本トミの除籍謄本、新潟県中頸城郡○○村○○番地、戸主、坂田五一の除籍謄本、富山県射水郡○○町大字○○○町△△△番地の○、戸主、沢本ヨネの除籍謄本、本件土地の登記簿謄本によれば、本件土地は明治二八年六月一日沢本トミ名義に所有権移転登記手続が経由され同人の所有であつたが、同人は明治三四年五月一一日坂田五一と結婚して坂田の氏を称し、明治四一年三月九日死亡したので唯一の直系卑属である被相続人が坂田トミの遺産を相続し、本件土地の所有者となつたが被相続人も昭和二年一月五日死亡し同人につき相続が開始された、ところが被相続人には相続人がいなかつたため相続人不存在として相続財産管理人に崎山ハツが選任され相続債権申出の公告、相続権主張の催告などの手続がとられたが催告期間内に相続人の申出はなかつたことが認められる。

三、申立人と被相続人との特別縁故関係について判断する。

前掲 除籍謄本、ならびに登記簿謄本、長野県南佐久郡○○町大字○△△△番地、戸主、沢本ヨネの除籍謄本、新潟県中頸城郡○○町第○○番地、戸主、沢本好三の除籍謄本、新潟県高田市○○町○丁目○○番地、戸主、沢本晃の除籍謄本、新潟県高田市○○町○丁目○○番地、戸主、沢本重治の原戸籍謄本、新潟県高田市○○町○丁目○○番地、戸籍の筆頭者、沢本重治の戸籍謄本、新潟県高田市○○町○丁目○○○番地、戸籍の筆頭者、宮本春夫の戸籍謄本、高田市長小山元一作成の納税証明書、○○寺代表役員内山恭信作成の証明書(昭和四三年一一月二五日付二通昭和四四年二月一三日付)三通、申立人作成の陳述書、家庭裁判所調査官作成の相続財産分与事件調査報告書、証人崎山ハツの証言、申立人に対する審問の結果によれば次の事実が認められる。

1  申立人と被相続人との縁戚関係は別表のとおりである。

2  申立人の前戸主であり祖父に当たる亡沢本好三は被相続人が出生したときより同女およびその母沢本トミを引取り養育し、右トミを分家させるため本件土地を同女に贈与し、本件土地の上に建つている建物に被相続人母子を居住せしめ明治二八年六月一日沢本トミ名義に所有権移転登記手続を了したところ、右トミは明治三四年五月一一日被相続人を伴つて坂田五一と結婚したが間もなく事実上離婚し再び被相続人をつれて右好三方に戻り、同人より扶養を受け、右トミは明治四一年三月九日好三方で死亡し、好三が同女の葬式をいとなみ沢本家の墓に納骨した。

3  ところで被相続人はその後好三方より家出し行方不明となつて、昭和二年一月五日旅先の福井県内で死亡し、好三は同女の遺骨も引取り葬式をすませて好三方の墓に納骨した。

4  申立人は好三の長女イトとその夫照夫の二女として大正八年一〇月一六日出生したが父母が大正一〇年協議離婚したので祖父好三に引取られて育てられ、母イトは大正一〇年九月八日死亡し、好三が昭和三年一月二三日死亡したので同人の家督を相続し、爾来戸主として被相続人及び被相続人の母トミ親子の三年、七年、一二年、一七年、二三年、二七年、三七年、五〇年忌の法要をいとなんできた。

5  本件土地の管理及諸税については好三生存中は同人がなし、同人死亡後は同人の妻タミが、同女死亡後は申立人において納付し、申立人は終戦後、本件土地を町内の者に共同作業所にするために貸与し、その後、関谷恭一に地代年二、〇〇〇円で賃貸し現在に至つているところ、右関谷より昭和四二年春頃、本件土地を購入したい旨の申入れもあり、申立人としても、不安定な土地所有の状態にあるより、本件土地を売り被相続人らの供養にあてようと考え、本件申立に及んだものである。

四、被相続人の相続の開始は申立人の先代好三の生存中になされたものであり、当時は、かかる相続財産分与制度は存しなかつたのであるから、右好三も分与の申立をすることなく死亡したこと明らかであり、本件の場合特別縁故者たる地位の相続ということはありえないが、さきに認定したとおり被相続人と申立人との特別関係に、申立人の先代好三と被相続人との特別縁故関係を附加して総合して考えれば申立人と被相続人間には特別縁故関係の存することが認められる。

五、そこで本件申立は相続関係後四〇年近く経過し、且つ遺産分与の制度が設けられた昭和三七年七月一日より五年余経過してなされたことは明らかである。

ところで本件の土地は申立人の先代好三が被相続人の母トミに贈与したものであるがこれが取戻しをしないまま右トミおよび被相続人も死亡してしまつたもので、本件土地の管理及諸税の納税は好三や同人死亡後はその妻タミ、同女死亡後は申立人においてなし、又申立人が他に賃貸して地代を取つていたこと本件申立におよんだ動機はさきに認定したとおりである。

そして前掲、本籍富山県射水郡○○町大字○○○○△△△△番地の○、戸主、沢本ヨネの除籍謄本によれば被相続人の相続開始当時被相続人は戸主であつたことが認められるので、旧民法第九八五条により親族会を開いて家督相続人の選定がなされたとすれば、前記認定の事情から申立人が被相続人の選定家督相続人となり得る余地はあつたのである。

更に遺産分与の制度が設けられたのが昭和三七年七月一日であつてその以前に相続の開始した本件においては相当期間内に分与請求をする途はなかつたのであり、本件申立が確かに時期に失している点もあるが前記認定の諸事情を併せ考えれば本件遺産を国庫に帰属せしめるよりは申立人に分与することの方が相当であり、又被相続人の意思にも合致するものというべく、これに反する措置こそ却つて法的秩序を乱すことになる。

よつて申立人を民法第九五八条の三に所謂特別縁故者に該当するものと認め得べく主文のとおり審判する。

(家事審判官 西村四郎)

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